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絵画修復事例009.

 上野山清貢 作 『鮭図』 
─厚い木板に描かれた絵画の修復─

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◎上野山清貢 作 鮭図  油画 木板
寸 法 : 上辺871/中央辺871/下辺878×左高370/中央高435/右高400×厚さ30~40(単位はミリ)
備 考 : 作品上部に2カ所に展示のため吊り紐を通す真鍮製ヒートンをねじ込んである。収納箱等は無し

修復前、左下に大きな亀裂が生じており、木板がわずかに手前に湾曲していた。作品の裏面は手斧の様な道具を使った荒い仕上げとなっていた。

 

修復前の損傷状況

1.組成構造
基底材は楢材と思われる一材で、板目(木の垂直方法)の裁断。表面は鉋などで平滑に切削加工してあるが、周囲、裏面は鉈や鑿(あるいは手斧を用いたか)などを利用して粗く裁断、切削してあリ、全体に厚さも均一ではない。
基底材は、膠など、滲み止めを目的とする樹脂等の塗布があったかは定かではないが、絵の具のない背景、イメージ部共に地塗などは施さず、基底材の上に直接油絵の具による描画がされており、描画周囲には部分的に絵具や展色剤などが滲んだようなシミ痕も見られる。全体に絵の具の塗厚は薄く、下層に塗った絵具が乾かぬ内に絵具を塗り重ねた様子が伺え、素早く豪快なタッチで描かれた印象がある。基底材は柾目板ではなく、複雑な目を持ち、これが作品の背景として、水流のようなイメージをかもし出し、効果的な印象を与えている。
本作品は額装など装幀はなく、展示用に天辺に二箇所真鍮製のヒートンがねじ込まれていた。これとは別に、かつて他の吊金具などの装着痕と思しき人工的にあけられた穴が数カ所空いていた。

2.損傷状況
今日までの利用、保管に由来する塵埃の堆積、タバコなど(洗浄中、タバコのヤニ特有の臭気を知覚できた)汚れの付着も著しかった。
基底材には所々にひび割れを認め、とくに表面左下方にはおよそ全幅の半分をこえる大きな亀裂が発生し、なお下の部分が表面方向に大きく彎曲変型していた。
鮭のイメージの頭部あたりには絵の具層から基底材表面をえぐるような引っ掻き傷があった。左下方に生じたひび割れ部の周辺には、所々に小さな木材の欠失、描画部に至る亀裂周囲には絵の具の小さな欠失があった。
全体に絵の具の定着はほぼ良好であったが、とくに絵の具が薄く塗られた部分に小さな欠失、剥離進行を認めた。剥離した部分を顕微鏡で観察する限り、描画部下に地塗りは認められなかった。

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◎紫外線を照射した様子。描画部下地には全体に白い絵具を塗布した模様。 ◎表面をえぐる様な掻き傷と木目に沿って 中央あたりまで亀裂が生じていた。

 

修復作業の方針

全体の清掃、付着物などの払拭に加えて、所有者の希望により作品下方に発生した基底材の亀裂、変型の修復、鮭のイメージの頭部にある損傷部(擦り傷)の修復をおこなうこととした。

 

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◎修復後の状態 変形も納まり、亀裂損傷も回復した。

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修復処置の概要

1.第一次洗浄
表裏に堆積した塵埃をケミカルスポンジ、練りゴム、ブラシなどで払拭、電動クリーナーで吸引して除去した。

2.第二時洗浄
乾式クリーニングにて除去できなかったタバコのヤニなどの汚れに対して、メチルセルロースを純水(ミネラルを除去した高純度H2O)で溶き、ここに微量の炭酸水素アンモニウムを加え、これを洗浄液とし、作品面に吸い取り紙を敷いて塗布。しばらく湿布して浮き上がった汚れを敷いた和紙で吸収した。この後、さらに洗浄部分の表面に純水をスプレーし、残った洗浄液と汚れをさらに吸い取り紙で吸収、ぬぐい取った。なお、この処置は描画のない周囲に限定し、描画部は別に純水による洗浄(少し暖めて綿棒に含ませ拭った)を行った。

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1.小さく裁断した吸い取り紙を敷きながら洗浄液を塗布

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2.洗浄液の効果で膨潤した汚れが吸い取り紙に吸収される

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3.変形修正作業(時間を掛けて 加圧しながら修正した)

3.基底材の変形修正
作品をわずかに加湿しながら時間をかけて少しづつ加圧、矯正し、彎曲した部分の変形修正をおこなった。

4.画面保護膜の形成
画面保護のために描画部にニスを塗布した。ニスはアクリル系合成樹脂(paraloidB67-naphtha10%)を使用、コンプレッサーとスプレーガンを利用して塗布した。

5.亀裂部の固定
基底材の彎曲がある程度直ったところで、亀裂箇所に2液混合タイプのエポキシ樹脂接着剤を注射器などで注入し、クランプで固定して接着した。ひび割れによって生じた間隙は、無理に押し付けることで、ひび割れが助長する可能性を考慮し、適当な加圧、修正にとどめた。

6.亀裂部の整形と補彩
基底材の大きく欠けた部分やひび割れの間隙にエポキシ樹脂と木粉、顔料の混合物を充填した。この層は画面層のレベルよりわずかに低くし、いったん固化させて後、さらにこの上にアクリル樹脂に顔料を加えたパテを充填し、作品表層の形状に合わせて成形、補彩をおこなった。

7.保護膜の形成
所有者と相談の上、本作品は修復後もなお、一般の環境(一年を通した自然環境としての温度、湿度の変化に加え空調機器の利用による急激な温湿度変化を避けられない)に管理、利用されることを考慮し、基底材の伸縮、反り、ひび割れなどの抑制を図ることを目的として、paraloidB72-toluen10% を作品の表裏にスプレー塗布、最終保護膜とした。

8.報告書の作成
修復処置前に撮影した修復前の写真に加え、修復後の写真撮影をおこない、報告書の作成を持って今回の修復処置を終了した。

 

 

 

上野山清貢(1889~1960)

1889 年6 月9日、北海道札幌郡江別村に長男として生まれる。小学校の代用教員を辞め上京し太平洋画会研究所で画家を目指す。黒田清輝、岡田三郎助に師事。昭和24年帝展初入選。昭和26年から28年第七回帝展より三年連続特選受賞。和製ゴーギャンと称され注目される。激しい色彩とタッチで表現主義的な作風を示す。郷里の北海道に取材した風景、魚などの静物を多く描いた。一線美術を創立。昭和35年(1960)歿、70才。帝展連続特選。昭和25から27年槐樹社展で槐樹社賞。昭和50年一線美術会創立会員。53年北海道新聞社文化賞。

 

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