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絵画修復事例008.

 山本昇雲 作 絹本彩色画屏風 
─黴被害にあった屏風絵の修復─

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修復前の状況 画面に斑点状の変色が広がっていた。

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修復前 蝶番に亀裂が生じていた(中央に筋状に白く見える)

◎山本昇雲 作 絹本彩色画 二曲一隻屏風装幀

修復前作品寸法:w840xh1770ミリ  修復前下骨寸法:w954xh1998ミリ x2面

 

修復前の状況

1.作品組成
本作品は薄い絹織物(絵絹)を基底材料とし、膠を接着剤とする顔料と墨で描画された作品。描画部分は左側の画面下の少女の図中に、衣類を現す部分に数層の絵具の重ね塗が見られるほかは、薄く料絹に染込むような描き方がされている。
装幀は、二曲一隻(にそういっせき/2つの画面を挿むような形式で中央(二画面の間)に紙製の蝶番を持つ形式)の屏風装となっており、縁は漆、為塗で総丸型。四角と縦縁中央に飾り金具、縦縁に散し鋲(3箇所消失)が装着されており、各々梅鉢の紋様が刻印されていた。作品の周囲(縁と作品の間)には小紋の織物が表装されていた。

2.損傷状況
作品画面の所々に、微生物被害と思しき淡い褐色の斑点状の変色、汚損が認められた。この斑点状の汚損は、描画部の絵の具上にも多く発生していた。画面左側に描かれた人物像中には、絵の具の剥離進行を認め、とくに青色の顔料に顕著であった。
料絹は、所々に小さな引っ掻き傷や亀裂を認め、裂けた部分はさらに経年を得たためか、周囲が汚れたり、料絹繊維の解れや糸飛び、小さな欠失も認められた。
屏風装は、蝶番部分に破断や亀裂損傷が発生しており、これに伴って、蝶番付近の料絹も一部裂けたり、裏打ちが糊離れして浮き上がったり、変形、波打っている箇所を認めた。屏風裏面には、上張りの裂地に大きな破損を認めた。
屏風の縁には所々に傷や突衝による凹み、塗装の剥離等を認め、縁に取り付けられた飾り金具、鋲は一部欠失、残存する部分も接合が緩んでいたり、折れ曲がったり、変形している物もあった。

 

修復の目的、方針

画面の洗浄による観賞性の向上を目指すとともに、今回は所有者より屏風寸法の縮小が強く求められた。旧屏風装は全高が2メートルを超え、一般の住宅環境下では移動や取り扱いが困難であったことによるものである。
寸法の縮小化の具体的方法としては、旧屏風装幀で作品の周囲に取り回してあった表装(裂地による装飾)部分を省き、屏風の高さと幅の縮小をはかることとした(完成後は作品の料紙の周囲に直接縁が取り付けられる様式になる)。

 

 

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洗浄処置後の状態

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修復後の様子 周囲の装飾を省いて屏風のサイズを縮小した

修復後作品寸法:w841xh1772ミリ  修復後骨寸法:h1998x w954ミリ  x2面


修復処置の概要

1.調査、採寸、写真撮影
装幀を含めた作品全体、本紙の状態を調査、観察、記録し、35ミリカメラと800万画素のデジタルカメラ(最高画質)で写真撮影を行った。

2.前処置・ドライクリーニング
ケミカルスポンジによる塵埃などの付着物、堆積物の除去処置を行った。虫糞などの硬い付着物は、先の尖った鋭利な刃物を利用し、拡大鏡下で物理的に除去した。

3.旧屏風装の解体
装飾金具、屏風の縁を取り外し、作品本紙を旧屏風装より分離した。

4.描画部分の定着補強
絵の具の種類、塗り厚やそれぞれの絵の具の定着の具合によって、純水で適宜希釈した兎膠を含浸させ、定着力の回復、強化とした。

5.画面の養生
料絹の破損した部分や亀裂箇所の繊維を整え、メチルセルロース(線維素接着剤/純水で希釈)を用いてナイロン混紡紙を表打。乾燥後、さらに二層の表打を加えて作品の画面全体を被覆保護し、以後の処置に備えた。 

6.旧裏打ち紙の除去
作品の裏面を加湿し、古い接着剤を膨潤させて旧裏打ち紙をすべて除去した。
 
7.洗浄処置
純水(わずかに加温して利用した)を画面より噴霧器で散布し、溶解した汚れを作品下に敷いた吸い取り紙に吸着させた。吸い取り紙を変えながら、個の洗浄を数回行った後、なお残る顕著な汚損(とくに黴などの微生物被害)部分に対して、過酸化水素水を用いた局所的な漂白処置を施した。
 
8.新規裏打ち
楮和紙(国内産楮紙、ソーダ灰煮熟)を利用し、3層の裏打ちを行い、仮張上で十分に乾燥させた。

9.表打ちの除去
作品面を加湿し、先に施した表打ちの用紙をすべて除去した。

10.屏風骨の前処置
屏風の骨に作品を固定するための下処理として、骨縛り、蓑掛け(2層)、蓑押さえを施し、框に張り重なった余分な下張り紙を小刀で切削調整後、蝶番を取り付け、さらに袋張り(受け張り)を行った。
 
11.新規屏風装
作品を下張りの完了した骨に張り込んで固定。裏面にも西陣製の表装用織物を裏打ちして張り込み、別に塗装した縁、飾り金具を取り付けて屏風装を完成した。

12.補彩調整
顕著な絵の具の欠損部、料絹の小さな欠失部などに対し、違和感の少なくなるように、周囲の状況に合わせて水彩絵の具(ウインザー&ニュートン社製)で補彩を行った。

13.点検の上、写真撮影を行って今回の修復作業を終了した。

*以上、裏打ちなどの表装作業における接着剤は自家製正麩糊(一部に経年10年ほどの古糊を使用)を用いた。

 

R10br000◎修復前(蝶番付近) R10ar000◎修復後(蝶番付近)



                

修復後の感想・一考

民間に保管される絵画、美術工芸品(古文書などの記録資料も)は、様々な環境下に置かれ、お世辞にも良好とは言えぬ場所に展示されたり保管されていることが多い。その所有者、管理者、利用者の経験は様々であるし、作品への関心のあり方にもよるが、私達修復家の様に、美術作品を長く、かつ安全に保持するために必要な情報を持つ者は、この情報化の進んだ今でも少なく、初期症状を見逃し、あるいは知っていて放置していたか(修復する予算のないこともあるだろうが)、かなり深刻な状態になって修復の相談を受ける事も多い。そしてその所有者、管理者達は皆口を揃えて『大切にしてきた』と言う。

国宝や指定文化財の保存修復においては、現状の形質(簡単に観たままの状態と、残存じている構造、材料素材)の徹底した保存のために、どんな処置を施すにせよ、できるだけ取り除かず、加えないのが基本であるが、市場や民間ではもちろんの事、美術館や資料館などの公共機関であっても、展示する施設の大きさや、収納場所の制約に加えて、それを取り扱う人、スタッフの持っている知識やスキルによっても、『本来こうするべき』とか、『こういった姿であるべき』といった専門家の理想(理想的修復結果)はなかなか受け入れてもらえないこともあるし、今回の様に、屏風が大きすぎて取り扱えないから小さくしてほしいとか、掛軸は取扱いが難しい(そもそも床の間が無い家屋も増えた)ので額装に変更してほしいといった様な要求は結構多い。
今回の作業においては、本紙(作品画布、絵絹)を裁断する事無く保護し、旧表装部分については絵画完成後に付帯された装飾(画家の意図により発注した、デザインしたという記録は無かった)と考えて、屏風の仕様、形態を変える事で所有者の希望を叶えられたが、私たち修復家の哲学を貫きながら、また専門家としての理想を追いつつも、様々な要求に対応してゆく事はまた難しい事である。

 

 

山 本 昇 雲 

本名茂三郎。別号松谷。明治3年(1870)土佐後免(現高知県南国市)生まれ。
滝和亭の門に学び、報道画家として当時流行していた雑誌「風俗画報」の口絵・挿絵に全国各地の事件や当時の風俗、風景を描いた。松谷は「風俗画報」で用いた号。版画家、日本画家として美人画・花鳥画を数多く製作し、文展などに出品した。木版画のシリーズとして「いますがた」「四季のながめ」「子供あそび」などがある。昭和40年(1965)没、享年96歳。

 

 

 

 

 

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