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絵画修復事例007.

 紙本彩色 歌舞伎絵看板 
─大型絵画の修復と紙筒を用いた掛軸装─

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◎修復前の様子。右写真は裏面、右上方より光を当てた斜光線画像 。縦横に数多くの折れ皺が発生していた。

紙本彩色画 歌舞伎絵看板『義経千本桜 吉野山図』
処置前全寸法:幅795~802×高さ584~592 ミリ 処置前全寸法:幅833~842×高さ624~632ミリ

 

作品と旧装幀の特徴

本作の基底材料は鳥の子様の黄味がかった色の厚手の和紙。作品左側に10cm程度の幅の料紙の延長、拡大を目的とした接合部が見られる。描画部は膠を接着剤料とした顔料による彩色。歌舞伎を題材とした絵画で、本作品は歌舞伎の公演に際して会場に展示利用された模様。作品の周囲には5センチ程度の帯状の表装が施され、展示に利用する際に使うものか、鋲や釘を打ち込んで固定する穴が表装周縁に数カ所開けられ、ハトメなどと呼ばれる真鍮製の金具が装着されていた。
絵の具はつやのない不透明なもので、背景を単色で塗り上げ、人物、着衣の表現などには何種類かの絵の具を重ね、着物の文様など表しており、とくに着衣の部分の絵の具層は厚くなっていた。全体にシンプルでデフォルメ化された人物像と大胆な構図が印象的な作品となっている。
装幀は細かな紋様(唐草、小花)のある裂地を作品周囲、天地左右同じ幅で取り付けた簡素なもので、全体に3層の裏打が施されていた。

 

修復前の損傷状況

本作品は長期間、丸めて放置してあった模様で、とくに丸めた状態の外周(巻終わり)、作品の下方となる巻きはじめ(丸めて筒状になる折りにその内側に見える部分)、さらに裏面全体にも塵埃の体積、変色、汚損が目立った。
巻き芯のない不安定な状態で、長く巻いて保管されていた様子で、経年による作品全体の硬化にともなう巻き癖の発生
不規則な波打ちや折れ損傷が生じており、これにともなって絵画表層に絵具の剥離進行や欠失を認め、折れ損傷が発生している箇所には、画用紙に亀裂を認める箇所も認められた。
表装部は利用によるものと思われる汚損、光による変退色が目立ち、表装裂地には糊離れ、糸の解れやほころびも見られた。加えて、裏面の裏打紙や料紙の結合部分には糊離れが見られた。
作品裏面には、過去数回に及んで修理などおこなった痕跡が認められ、この折に過って料紙を損傷させたか、部分的に本紙料紙が薄くなっており、裏面に局所的な裏打修理などが施されていた。

       

   
修復の目的と要望、問題点 

剥離進行している絵の具層の再接着、定着の安定化を主要な目的とし、展示利用できる様にすること、収蔵容積の限られた施設における有効的な収納方法が求められた。作品の劣化具合や絵の具層の厚さなどを考えると、平滑な状態で保管することが理想と思われたが、管理者の希望により、巻いてコンパクトにまとめることが出来ることをメリットとして、相談の上、修復後は新たに掛軸装することとした。

痛んだ掛軸装作品の保管方法のひとつに太巻き添え軸の利用がある。これは、収納時に桐材のアタッチメントを軸棒に取り付け、巻芯を太くして(巻径を太くして)作品へのストレスを回避するという物だが、今回の作品の場合は幅が大きく、材料費も制作費用も大きくなる。さらに今回は、作品の大きさからも通常の太巻き添え軸よりさらに大きな巻径の芯をつくる必要があり、良質の材料を用いて製作した場合には限られた予算への圧迫が懸念された。一方、これとは別に、木材などで通常より太い軸棒を製作し、これを掛軸の取り付けた場合も、重量の面で作品に付加をかける事など問題となった。

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◎紙筒製軸棒を装着した掛軸(左)と太巻添え軸を装着した掛軸(右)

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◎中性紙で被覆した紙筒
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◎太巻き用の桐材で制作した専用の軸首



掛軸装として『収納=巻く』ための対策

前記の問題点を踏まえ、他の保存、修復関係者、各種材料素材取り扱い、販売店への問い合わせ、情報収集の上、巻芯として有効な素材を比較検討した結果、直径70ミリの紙製の筒を入手し、管理者の了解のもと、これを中性紙で被覆した後に軸棒として利用することとした。なお、紙筒を利用した理由としては 、1.軽量である 2.反り、変型が少なく必要と思われる強度を確保できた  3.安価である 点を評価した。この材料のデメリットとしては、酸性紙であることであるが、作品には直接接触しない間接的な利用であり、中性紙による被覆を行ってバリアして利用することとした。(装着時にはさらに石州和紙による被覆、総裏打紙、裏打ちされた表装裂地を巻かれる=作品には直接接触しない)


 

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◎修復処置後、新規表装後の状態

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◎直径70ミリの紙筒を軸木として装着した

修復後作品寸法:幅994×高さ701ミリ   新規表装後全寸法:幅1174×高さ1465ミリ

 

修復処置の概要作品の修復作業~新規掛軸装

1.調査、採寸、写真撮影
装幀を含めた作品全体、本紙の状態を調査、観察、記録し、写真撮影を行った。

2.洗浄処置
いずれの作品とも汚損が激しく、以後の諸作業に支障をきたすものと判断し、はじめに洗浄を行った。洗浄は絵の具層の定着が脆弱である事を踏まえて水分を加えず、乾燥した状態での作業とし、主としてケミカルスポンジによる塵埃等の払拭(一部の汚損、付着物は拡大鏡下でメスなどを用いて物理的な除去を行った)にとどめた。

3.解体~旧裏打等の除去
作品裏面に不織布を置き、この上に湿らせた紙を置いてさらにビニールシートで包み、間接的に水分を加え、接着剤の膨潤を待って慎重に旧裏打紙、表装裂地の除去を行った。

4.本紙損傷部の再固定
料紙の接合部に剥離などが見られた部分はこれをいったん取り外し、あらためて再接合した。接着剤は正麩糊を用いた。

5.描着力安定補強処置
描画部絵の具層に、純水にて希釈した3%の膠水(兎膠)を噴霧器で散布、含浸させて描着力の安定、補強を図った。

6.旧修理材料の除去~新規修理
作品裏面より間接的な加湿を行い、料紙裏面に施されていた旧修理材料をすべて除去し、あらためて修理を行った。料紙が積層剥離した部分には、その損傷の深さに応じて和紙の厚さ、種類を変えて(天具帖等使用)局所的な裏打を行って対処した。

7.新規裏打と折れ伏せ処置
料紙の折れ、皺、歪みを、修正し、肌裏打ち(正麩糊/純楮)を1回行った。これを一旦仮張り乾燥させた後、過去に強く折れていた部分、亀裂などが発生していた部分に3~4ミリ程度の幅に裁断した楮紙を局所裏打ちし、乾燥後さらに裏打を行った。

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◎修復前 画面に横折れや波打ちが著しい

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◎修復後の様子 横折れ、波打も解消された

 

8.表装裂地の選択、裁断~裏打
早稲田大学演劇博物館の要請により、前記の処置を施した作品は各々掛軸装を行った。表装形態は作品の内容、大きさと展示スペース等を考慮して袋(丸)型式の掛軸装とした。各部分の織り物を選択、裁断し、水引きを行って調整した後、本紙同様2回の裏打を行って仮張り乾燥させた。

9.付け廻し(表装裂地と本紙の接合)
裏打した本紙と裂地を接合、付け廻し作業を行い掛軸の形態に表装した。

10.中裏~総裏打
付け廻しの完了した作品に中裏打を行った。これを一旦仮張り乾燥の後、表装全体の寸法を決定し、さらに宇陀紙(吉野産白土入)にて総裏打(最終裏打)を行い仮張りに張り込んだ。

11.調整(仮張り乾燥/表裏)
作品の表裏を数週間の間隔を開けて数回、交互に仮張り乾燥させ、仮張りより作品を取り外すごとに、裏面に強刷毛による撫で込と軽い裏摺りを行った。

12.今回の処置前に描画部の料紙に欠失のあった箇所、充填処置を行った箇所に補彩を行った。絵具はウィンザー&ニュートン社製の水彩絵の具を精製水で稀釈して利用。先のごく細い筆を使って必要最小限と考える処置を行った

13.仕上げ
軸棒、八双、軸首、紐を新調した。軸棒は作品の性質と劣化、損傷程度を考慮した上で、第一に巻径を大きくすること、第二に軸棒の重量を軽量にすること、加えて、定められた予算の中での費用の軽減を考え、梱包用の紙筒を利用する事にした。紙筒には中性紙(TSスピロン製サPh8.5)を巻き付け、被覆して取り付けた。また、軸首(軸先)は太巻き添軸用の桐材料を加工して利用した。
十分に乾燥した掛軸を仮張りより取り外し、耳すきを行い、用意した軸棒等を取り付けて掛軸を仕上げた。

14.収納箱
今後の作品の保存管理をより安寧な物にするために、中性紙製(TSスピロンアーカイバルボード使用)の紙箱を製作した。

15.採寸、写真撮影、報告書作成
修復および表装完了後の写真撮影と採寸を行った。本報告書の作成をもって今回の修復作業を終了する。

 

◎中性紙製収納箱の利用
近年国立の主要な図書館、美術館、博物館でもその利用が多くなった中性紙を利用した紙箱は、材料が安価で加工も容易で製作コストも押さえられる。さらに完成度を高め、調湿材などの装着によって、従来の桐材製収納箱に匹敵する保存環境が得られる。

◎中性紙性の紙筒
現在では予算に応じて中性紙製の紙筒を使用する。本修復事業時にも外国製品などに中性紙製の紙筒があったようであるが、入手が困難(とくに少量では購入出来なかった)か、高額であったため、定められた事業予算内での利用は出来なかった。最近では国内生産もはじまり、比較的入手しやすくはなったが、直径70ミリ、長さ2メートルの梱包用紙筒が1本あたり300円程度であるのに対して、同様のサイズの国内産中性紙紙筒は15,000円ほどと、やはり高価である。

 

 

 

 

 

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