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絵画修復事例004.

 山口華楊 作 絹本彩色『鮎図』掛軸装幀
  ─厚塗りされた日本画の剥離損傷修復─

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作  品:絹本著彩色

作 者:山口華楊 

装 幀:掛軸装 大和表装

処置前本紙寸法:W605×H444ミリ 
処置前装幀全寸:W667×H1425ミリ


寸法は表装された状態で計測した。
付廻し、糊代下は計測していない。

◎修復前の状況。 厚く塗られた絵の具の深層剥離と料絹全体に茶褐色の斑点状汚損が発生していた

   

作品構成

本作品は、料絹(二丁樋)に膠を接着剤として、天然顔料による描画が施されている。周囲に大きく空間(余白)を取り、熟練した筆さばきによる描線、絵の具の滲みやぼかしを巧みにつかい、単純な構成ながら繊細で、確かな技量をうかがわせる作品である。絵の具の塗厚は、とくに蕗の葉を表したあたりに緑色の絵の具が厚く、鮎を表したあたりは薄い。

 

修復前の状況

本作品上に発生していた深刻な問題として、絵の具が厚く塗られた部分(主に緑色)に、広い範囲に渡り剥離、欠失が認められた。この損傷原因としては、絵の具の接着成分である膠の経年による自然な劣化に加えて、帯湿による絵の具の劣化,作者の製作方法によるもの(膠の調整や早期的に絵の具を厚く塗り重ねるなど)と、本作品の装幀形態が掛軸装であることから、収納時に小さく『巻く』ことによって、乾燥後、硬化して堅くなった絵の具にストレスを与え、破壊を助長させた可能性が考えられる。

作品の画面上には、茶褐色の小さな斑点状の変色が画面の全域に認められ、黴など微生物による被害があったものと思われる

表装(装幀部分)は経年時の自然な劣化に加えて、長期の展示や取扱いによる汚損、折れ痕が認められ、光による破壊損傷として、表装裂地の糸の朽けや変退色が見られた。

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◎修復前の状況。比較的厚く塗り重ねられた絵の具の剥離が目立ち、周囲の余白部分には広範囲に斑点状状の変色が認められた。

 

処置前、作品は二重箱に収納されていたが、その外周、内部には黴が発生していた。箱の内部に発生した黴は、密閉製の高い桐箱中に、湿度を多く含んだ作品を収納した結果によるものと考えられ、箱外部の黴は、保管環境によるものと推測することが出来る。本作品の損傷状況を見るにあたり、過去に高い湿度環境下に長く置かれたことは疑いなく、高い湿度環境は急激な画絹の伸長を促し、画絹に固着した絵の具との間にズレを生じさせ、絵の具層の剥離進行を促す。

収納箱の内部は黒褐色に変色していた。箱の中には、『防虫香』が作品と共に、数多く収納されていたが、あるいは、以前に異種の薬剤(防虫剤/樟脳とパラジクロベンゼンを併用すると化学変化、液化する)の利用があり、このガスの混合~化学変化によって、箱内部に変色が来した可能性が窺える。

*修復中の調査により、肉眼で確認できる絵の具の剥離損傷部分以外にも、描画部分の絵の具は、全体に定着力が低下していることが判明した。

 

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処置後本紙寸法:W605×H444ミリ 

処置後装幀寸法:W663×H1425ミリ

 

表装裂地は一部再利用した。再表装後、わずかに旧表装裂地が収縮した

計測は再表装後に行った。

◎修復後の状況。汚染物質を可能な限り除去し、剥離進行中の絵の具を再接着した。

作品の修復作業~新規装幀/掛軸装

1.調査、採寸、写真撮影
装幀を含めた作品全体、本紙の状態を調査、観察、記録し、写真撮影を行った。

2.絵の具層の定着処置
以後の作業に備え、描画部に3%程度の膠水(精製水希釈)を含浸させ画面の一時的な保護とした。

3.解体~旧裏打除去
作品本紙を旧表装より分離するため、表装全体を裏面より加湿し、旧総裏打紙(最終裏打ち紙)を除去した。

4.表装の解体
旧表装より作品を分離、表装も各々の部位ごとに分離した。その後、表装裂地は、繊維が歪まぬように一旦表打ちを行い、糸を固定、旧裏打紙(二層あった)を全て取り除いた。

5.作品の旧裏打ち除去と絵の具層の固定(再接着)
表装より分離した作品は、表装裂地同様二層の旧裏打ち紙を除去した後、裏より3~7%程度の膠水を含浸させ、さらに加圧して剥離損傷の発生している画面を再接着、安定させた。

6.表装裂地の洗浄
先に裏打ち紙を除去した表装裂地に、フィルターでろ過した浄化水をスプレーし、紙に挟んで加圧。水に溶解した汚染物質を吸収して洗浄処置とした。

7.作品の洗浄
作品上に発生している茶褐色斑点状の汚損を除去するために、薬剤を使用した洗浄処置を行った。洗浄は、強制吸引装置(サクションボックス)の上で行い、描画部に薬剤が接触しないよう慎重に作業を進めた。

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◎修復後の状況。欠損した描画部分は補助的な彩色により、斑点状の変色は洗浄処置により改善した。

 

8.作品、表装裂地の新規裏打ち
洗浄処置を施した旧表装裂地、作品を各々裏打ちした。裏打ちは肌裏打(はだうらうち:最初に行う裏打ち)、増裏打(ましうらうち:最終裏打ちと肌裏打の間に行う裏打ち)の二層とした。なお、掛軸装の天地については、旧表装裂地の汚損、変退色、糸の朽けが激しかったため、所有者との話し合いによって新規に用意した。

9.掛軸装の準備(再生)
先に裏打ちを行った表装裂地と作品を接合し、掛け軸の形態にした。新規に軸棒(秋田杉 白太材)を用意し、軸首(象牙製)を取り付けた。

10.最終裏打ち
掛け軸の形態に仕立て、調整した作品全体に宇陀(うだ:総裏打専用の和紙)紙で総裏打(そううらうち:最終裏打ち)を施した。

11.補彩処置
絵の具層が剥離欠失した部分に顔料と接着剤(メチルセルロース)を混合したものを充填、乾燥後、周囲の画面形状に合わせて整形し、さらに顔料にて補彩調整した。

12.調整(表裏の仮張り乾燥)
作品の表裏を数週間の間隔を開けて数回ずつ仮張りに張り直し、交互に十分な仮張り乾燥させた。

13.仕上げ
軸棒、八双、軸首、紐を新調した。十分に乾燥した掛軸を仮張りより取り外し、耳すきを行い、先に用意した軸棒等を取り付けて掛軸を仕上げた。

14.桐箱、太巻き添え軸
今後の作品の保存管理をより安寧にするため、所有者との話し合いによって、太巻き添え軸を新調し、同時に太巻き専用の桐箱(印篭箱/いんろうばこ)も製作した。

15.写真撮影、報告書作成
修復および表装完了後の写真撮影を行った。本報告書の作成をもって今回の修復作業を終了した。

 

◎山口華楊 明治32年~昭和59年(1889~1984)

京都生まれ。12才より西村五雲に師事、絵を学ぶ。後に絵画専門学校に入学、在学中より文展に出品。卒業後帝展出品、昭和2年、3年に特選を取る一方、五雲塾晨鳥社展にも作品発表を続けた。昭和17年より母校の教授、戦後は京展、日展の審査員をつとめた。昭和56年文化勲章受賞。

 

 

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