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絵画修復事例002.

 歌川豊国 作 浮世絵版画
  ─製本された115点の浮世絵版画の解体から保存修復─

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修復前の状況

作  者:歌川豊国 
作  品:紙本多色刷木版画(板目木版)
装 幀:和とじ本装幀(表紙無し、あるいは欠失したか) 
頁 数:58丁/115点
寸 法:作品紙幅 246~259 × 高さ 363~367ミリ

 

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◎修理後の様子
必要な処置の後、中性厚紙を2枚使ったブックマット装幀を施した。

◎作品について

本作品は、歌川豊国作 木版画(浮世絵)115点。いずれも薄目の奉書紙に平版(板目)による多色刷りが施されている。作品の中に、浮世絵に享保年間から用いられたとされる紅色が見られること、作品中に『香蝶棲』の号が見られることから、三代目豊国(実際は四代目といわれる/初代国貞、別号香蝶棲)による制作と思われる。版元は和泉屋市兵衛(甘泉堂)、山城屋藤衛門(洛藤舎)、若狭屋与市(若林堂)等が見られた。なお、本作品群の中には国貞、国政(四代目豊国)の号記された作品も見つかった。
本紙(料紙)の寸法は、当時、浮世絵版画に最も多用された一般に大奉書(大判)と呼ばれるものに相当するものと思われるが、作品をまとめ、裏打処置、製本の際に裁断を行っており、変型している。

 

◎旧装幀の特徴

現在作品は2点の作品を背面合わせに古い大福帳などと思われる反古紙を挟んで裏打。これを1丁(1頁)とし、全58丁(ただし最表の作品より数えて69番目の作品が欠失しており総作品数は115点)。作品より意図的に大きく作った裏打紙の余白を綴じ代とし、和綴じにして和本様式の装幀が施されている。なお、各丁(頁)間は作品同士が接触する形になっていた。
装幀に表紙はなく、表裏とも作品がむき出しの状態であった。

 

◎修復前の損傷状況

作品は製本後、多くの時間鑑賞されていたようで、とくに作品の先端、隅には汚れが目立ち、擦れによる欠失、折れ損傷などが認められた。本として装幀されることによって、多くの作品が離散することなく、光による破壊や、外気による変色、汚損もある程度防ぐことは出来たことは幸いであったが、この装幀形態によって作品の画面がお互いに接触し、各丁(ページ)同士が湿度などの影響によって癒着し、摩擦による損傷、汚損、絵の具の転着等が発生し、結果的に大きなダメージを与えていることは明らかであった。
製本された作品の、前から数ページと、後ろから数ページは損傷が大きく、とくに表と裏の作品は表紙がないために大破した状態であった。製本された作品の内、内部(頁中程の)の作品は、光や空気に曝露されなかった分、比較的に損傷は軽微であった。
描画部分の絵の具、色素は、製本、不用意な裏打ち処置によって、多くの作品が裏打紙に絵の具を吸収されてしまい、また逆に、裏打ち紙に粗悪な反古紙を用いたため、この反古に書かれた文字が作品背面より転写したものもあった。さらに最悪の場合、反対側に張られた作品の表面にその絵の具、描画一部がしみ込んで浮き出ている。墨による悪戯描きと思われる損傷を受けた作品も数点あった。
作品中には、裏打ち、製本前にすでに損傷をしていたと思われる作品もあり、これらの作品は、料紙が部分的に薄くなっていたり、破損等も認められた。一部の作品に黴等微生物による損傷、虫喰い損傷も認められた。


 

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製本されていた際に接触していた前ページから絵の具が転移した状態(左/処置前)。部分的な清掃、洗浄の上、目立たぬ様パステルによる補助的彩色をおこなった(右処置後)。

 

◎修復処置の概要

1.調査、採寸、写真撮影
装幀を含めた作品全体、本紙の状態を調査、観察、記録し、写真撮影を行った。

2.製本の解体 -1-
製本の結束糸を取り除き、各丁ごとに分解した。解体時には、付着していた虫の死骸、排泄物、卵等を、やわらかい刷毛を利用して丁寧に除去した。

3.製本の解体 -2-(旧裏打ちの除去)
不織布で包んだ作品を湿らせたレーヨン混紡紙で挟み込み、作品を間接的に湿らせ、古い接着剤を膨潤溶解させ、慎重に旧裏打紙を除去した。

4.折れ、皺の展伸
旧裏打ち紙を除去した作品を再び間接加湿。これを加圧して乾燥させ、作品に無理のない程度に折れや皺を伸ばした。

5.汚損除去(乾式洗浄)
一般的に、浮世絵版画に用いられた絵の具は定着力が弱く、非常に水に反応し易い(にじみやすい)、115点の作品の内、ほとんどの作品画面には、描画、彩色のされていない箇所があるものはなく、今回の作業においては、とくに水の導入は慎重に行った。洗浄においても、すべての作品の洗浄は乾燥下に行い、直接的な水分を加えることは一切行わなかった。作品表層の黴等は全て物理的な方法で、可能な限り除去(拡大鏡下でメス等を使用)した。数少ない余白(彩色の無い部分)のある作品については、必要に応じて、プリザベンションペンシルとサクションボックスを併用して慎重な洗浄を行った。

   

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黴の発生していた箇所、処置前(左)と処置後(右)の様子
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6.欠失部の充填、局所補強、裏打
虫喰いによって欠失した部分は上質の楮紙(国内産楮、草木灰煮熟)を充填した。また、擦れ等によって摩滅した作品の周囲、隅の部分にも同じ楮紙を補充した。
とくに料紙が部分剥離したり、薄くなった部分にはごく薄の天具帖紙を用いて局所的な裏打ちを行った。なお、背面最後の作品は最も損傷が激しく、必要な部分処置の後、全体を天具帖紙によって裏打ちした。
接着剤はCMC(メチルセルロース)を蒸留水にて希釈したものを用いた。

7.補助的彩色
先に楮紙を充填した部分に水彩絵の具(英ウインザーニュートン社製)で補彩を行った。一部の作品で、人物の表現した部分に墨による悪戯書き?の様なものがあり、この作品についてはあえてパステルにて汚損を被覆し、観賞性の向上を計った。

8.マット装幀
中性紙(TSスピロン製AFボード/PH8.5)にてマット装を行った。作品裏面には作品より大きな中性紙をバックボードとして、前面には画面をくり抜いた同じ紙をかぶせた。
なお、作品の固定は、四隅に小さく短冊状に裁断した楮紙を作品裏面に取り付け、これを裏面のバックボードに固定する形で行った。作品の接着はCMCを用いた。
本作品郡はマットに装着後、所有者の希望にあわせて数枚の額を用意し、展示と作品の入れ替えを行うことを想定した。このため、作品の取扱いを容易にするため、作品を固定したバックボードと前面のマットはPVAを用いて固定した。
なお、収納保管を容易にするため、所有者との話し合い、検討の上、作品中にあった2枚組、3枚組の作品についても1枚ずつマット装した。

作品を装着したマットの背面に通し番号を記載した。この番号は、本作品群が本に装幀されていた時の順番をそのまま記したものである。

9.点検調整、写真撮影、報告書作成
マット装の終了した作品を全て点検後、修復および新規表装完了後の写真撮影と採寸を行った。本報告書の作成をもって今回の修復作業を終了する。

*パステルによる補助的な彩色
一般に、クレヨン、クレパスなどと呼ばれる画材の中には、ロウなどの油脂を含んでおり、これが顔料を固め、使用しやすい形に出来るとともに、画用紙などに絵の具として止める事が可能となっているが、今回使用したパステルにはロウなどの成分は入っておらず、顔料を高圧で固めて鉛筆状になった物(ファーバーカステル社製)を使用している。この色鉛筆にはおよそ定着剤となる物が含まれていないため、 描いた跡は絵の具の粉が付着しているだけなので、固着力は無く、描いた部分を練り消しゴムなどで触れると容易に取れてしまう。したがって、通常、この種の画材を使用して絵を描く際には、絵の具の粉が良く食いつく様に、細かな凹凸があるような(表面がざらざらとしている)画用紙を使用することが多い。修復現場でこの画材を使用するのは、この『かんたんに取れてしまう』性能を、補助的な彩色に使用しても『もとの状態にもどしやすい』ことから使用する。

*ブックマット装幀 → 修復家の私考

 

○歌川豊国
別号一陽斎、本名を倉橋熊吉のち熊右衛門。父は五郎兵衛という江戸芝神明町の木彫り人形師、歌川豊春の門に入り、さらに清長、歌磨の長所を取入れ、はじめは美人画を描いていたが、寛政五年頃から役者絵に転向。写楽を研究し、誇張的で奇異を感ずる彼独特の技量を発揮したが、写楽の役者絵に比べて画品と芸術味に欠けていた。しかし、その努力と手腕は浮世絵後期の全盛を招いた。国重、国貞、国芳等多くの門人を輩出した。
文政八年没(1825)  行年57歳

○二世豊国
別号一竜斎、一瑛斎、後素亭。初号を国重、豊重、通称を源蔵。後に一世豊国の養子となり、初世豊国没後文政九年(1826)より天保三年頃(1832)まで豊国の名を継いだ。
本郷春木町に居住していたので、本郷豊国と称せられていたが、同門中より意義が出て、同門歌川国貞が二代目を名乗ったので、再び国重と改名をした。
天保六年没(1835) 行年59歳

○三世豊国
初代歌川国貞の別名で、自らは二世と称したが、実際は三世になる。

○四世豊国
二世歌川国定と同人で、別号は梅堂、香蝶棲。本名は竹内宗久。三世豊国(初代歌川国貞)の門に入り始め三世国政を名乗り、24歳の時に二代目歌川国貞と改名、さらに師匠の三世歌川豊国(実際は四世となる)を称した。
明治十三年没(1880) 行年58歳

 

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