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絵画修復事例001.

 狩野美信 作『帳果馳図』
  ─幕末に描かれた伝統的な日本画の修復─

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◎修理前の状態

作 者:狩野 美信 
作 品: 紙本水墨彩色 『張果馳図』
装 幀: 掛軸装、旧表装形態:大和表装
作品寸法 :幅1310 ×高さ1267mm 
全寸法 : 幅1510 ×高さ 2012mm 

 

1.作品と旧装幀の特徴

本作品は紙を基底材料とし、水墨による描画、金泥、金砂子等による彩色、装飾により、中国の民間伝承による八仙人の一人、張果の持つ瓢から白驢が出てくる場面が描かれている。作品は7片の紙の接合によって全画面が形成され、作品右上の一片は、周囲の他片と大きさ形質、接合方法が異なっていた。
作品は掛軸装として表装されており、形式は大和表装。とくに天地、中廻しの裂地の取り付け量は、展示場所に何かの制約があったのか、作品の大きさに対して、本来取り付けられるべき寸法より極めて少なく、アンバランスであった。

 

2.修復前の作品の損傷状況

表裏とも汚損、下部軸棒上に埃の堆積等も見られた。。上部に虫喰い損傷、黴損が認められた。とくに横折れが激しく、画面全域に渡って発生していた。この折れ山の頂点には、描画の摩滅損が見られると共に、料紙自体が亀裂、破損している部分も認められた。
7片の料紙の接合部は糊離れが顕著であった。糊離れした状態で不用意な収納、展示を行ったため、その部分にまくれ上がり、強い折れ損傷、亀裂等が発生していた。
装幀は、表装裂地が劣化して朽け(一部繊維が粉状化、破損)、変退色し、全面に渡って汚損していた。天地、中廻しなどの付け回し(接合)部分は糊離れが目立った。吊鐶は錆損傷し、紐も綻んで破損していた。軸棒もその自重によって脱落の危険があった。旧表装裂地は再利用が困難であり、今後の長期的な保存管理を考慮するにあたり不適当と考えた。

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◎修復前 
画面の中央に紙継ぎ部分の剥離(描画部分が裂けた様になっていた)認められた。右画像は作品の背後から光を当てた状態。右上方と中央人物の顔のあたり紙継ぎ、修理跡が認められた。縦に見える筋は縦折れを防ぐために背面より貼られた補強の紙(折れ伏せ)。

 

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◎修復前 
作品左上より浅い角度で光を当てた状態。作品全体に多くの横折れが生じていた。

3.調査による発見等

作品右上の紙片(料紙)は周囲の他の紙辺(オリジナルの料紙)とはその質、厚さとも異なるもので、作品制作後、何らかの理由によって補填されたものと推測する。作品全体に蒔かれている金泥等もこの時に蒔かれたものと推測する。
本紙(料紙)の各紙辺は、接合前に肌裏打ちが施されており、接合部の厚みが増していた上、その周辺に大きな厚さの差異が生じ、これを主な原因として折れ損傷が発生していた。
画面中央(中央人物の鼻先あたりより左方向へ)には横方向に5箇所の修理補填痕を認めることができ、小の部分にはオリジナルの料紙に及ぶ補彩加筆(オーバーペイント)が認められた。
作品のサイズ、中央あたり横方向への引っ掻いた様に広がる傷などを見るにあたり、あるいは本作品が、過去に襖装として用いられ、中央の傷は、引き手の脱落または取り付け不備の為に、接触したために生じた損傷ではないかと推測する。
掛軸装は、本紙肌裏、増裏、中裏、総裏の4層の裏打からなり、本紙料紙は、さらに接合前に各々肌裏打ちが行われていた。とくに、本紙右上部の大きな紙片は、周囲との厚さをそろえるために、肌裏打紙の種類も厚さも異なっていた。この紙片には、裏面に料紙を剥離損傷した箇所があり、損傷部に局所的な裏打が施されていた。
透過光線を利用した観察において、充填痕、折れ損傷の修理痕が数多く認められた。
作品上にわずかに見られる縦方向の折れ損傷には、裏面より部分的な補強紙が張られていることが分かった。本作品は表装される以前に縦に細く折られて収納されていた事をうかがわせる。全ての補強紙はその取り付位置、面積、厚さにおいて不適当であり、これらの補強がかえって折れ損傷を進行させた可能性が高いものと思われた。

 

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◎修理後の状況

表装は旧材料の劣化および損傷が著しく、
所有者の希望もあり新調した。 表装形態は
旧表装に習って同じ様式とした。

作品寸法: 幅 1319× 高さ1279 mm 
全寸法 : 幅 1513× 高さ 2555mm

*本紙は変形修正と周囲の欠失部の補充
によって修理前の寸法より若干大きくなった。

5.作品の修復~再表装(新規)

1.解体作業
掛軸装より吊鐶、風帯、八双、軸棒を取り外した後、裏面より噴霧器にてろ過した浄化水を散布。旧裏打紙に含まれた糊を膨潤させ、旧総裏打紙、中裏打紙を除去した。
作品と表装の付け廻し部分(接合部分)をさらに加水し、作品と表装裂地を取り外した。

2.洗浄作業
本紙は表面より軽く水を散布して汚れを浮き上がらせ、作品下に敷いた厚手のレーヨン混紡紙にこれを吸収させて洗浄処置とした。

3.本紙の解体と変形修正、新規裏打
本紙の変形修正の後、表打にて画面を仮固定し、旧肌裏打ちの除去、7片の料紙の接合部糊離れの再接着、旧補修箇所などの除去(一部残存)を行い、薄茶色に染めた楮紙を生麩糊にて肌裏打ちした。

4.本紙欠失部、旧充填部の修理
作品の中央にあった4箇所の旧補修紙(料紙の欠損箇所に充填した紙)は、以下の理由から無用に欠失部を大きくはみだして接着された部分のみ除去し、あとは現状を維持、再利用した。即ち、(1)欠失、補充部周囲に広範囲な補彩及び描画が施され、この充填された補修紙周囲の彩色は容易に除去することが出来なかった(新規に欠失部を補填した場合、再度この周囲に合わせた彩色を行わなければ修理後にはかえって違和感が生じると思われた)。(2)旧補修用紙はすでに適当な経年劣化がある共に、オリジナルである周囲の料紙の厚さ硬さ(しなやかさ)共に大きな違和感はなかった。旧補修紙を残存させても大きなイメージの弊害にはならないと思われた。(3)所有者は長期に渡りこの状態で鑑賞して来ており、この経緯を踏まえ、修復後のイメージの大きな変化を避けるべきと考慮した。

5.本紙折れ損傷部の修理
肌裏打ちの乾燥後、折れ損傷部に細くテープ状に裁断した薄い楮和紙を局所的に裏打ちし、これを力紙、折れ伏せとした。

6.本紙上のその他の損傷部修理
本紙の剥離欠失部、引っ掻き傷、小さな虫喰い損傷、摩滅損傷には、補修紙の充填等必要な修理、処置を行った後、その周囲にはみださない様に、周囲の近似色に補彩した。

7.新規増裏打
折れ伏せ等補修の終了した本紙に、白土を填料とした楮紙にて2回の増裏打を行って十分な仮張り乾燥をさせた。

8.表装裂地の選択、裁断、裏打
表装は作品の内容と、旧表装形態を尊重して大和表装様式とし、裂地の取り合わせを検討。採寸、裁断の後、本紙同様に肌裏打ちと2回の増裏打を行って各々十分な仮張り乾燥をさせた。
なお、2回目の本紙増裏打に関しては、本紙の接合部の厚さ(周囲との段差)を緩和するために接合部分の料紙の重なった部分を除いて裏打を行った。

9.表装作業(付け廻し/掛軸装形成)
本紙表装裂地ともに、裏打を行った表装裂地を裁断し、本紙の化粧断ちの後、付け廻し(本紙に表装裂地を接合すること)を行って掛軸の形態に表装した。特に旧表装は天地、中廻しの部分が小さく、今回の表装では所有者の床の間、旧収納箱の寸法を考慮した上、若干の変更を行った。

10.新規中裏打、寸法の決定~総裏打
付け廻しの完了した作品全体に中裏打を1回行い十分な仮張り乾燥をさせた後、掛軸の寸法を決定し、裁断、耳折、軸袋を取り付け、奈良県吉野産の宇陀紙にて総裏打を行った。本紙裏打を含めて、総裏までの裏打は、5層となった。

11.乾燥と調整
総裏打の後、表裏を数回に渡り転回しながら十分な仮張り乾燥を行った。

12.軸 棒
軸棒は杉材(吉野杉使用)にて新規に製作し、軸首には紫檀を使用した。なお、旧軸棒の直径は約40mm(1寸3分5厘)。新規軸棒の直径は旧箱を再利用することも踏まえて、46mm(1寸5分)とし、わずかではあるが掛軸の巻径を大きくすることで収納時の作品に対するストレスの軽減とした。

13.掛軸装幀の仕上げ
掛軸本体を仮張りから外し、裏、耳すき、軸棒、八双、風帯、吊鐶、紐の取り付けを行った。

14.収納箱、新規帙制作
収納箱は旧箱を用い、接合部の糊離れ等の再接着、必要な修理の後、内部をエタノールにて洗浄消毒した。また、旧箱に合わせて渋塗りの四方帙を新規に製作した。

15.表装裂地
表装に使用した裂地の名称は以下の通り。
天地/草木染め七子織 中廻し/焦茶地二重蔓大牡丹紋緞子 一文字/蜀江紋風通金襴 

16.寸 法の変化
修復前の作品本紙寸法/ 幅1310 ×高さ1267mm 修復前の全(表装)寸法/ 幅1510 ×高さ 2012mm 

修復後の作品本紙寸法/ 幅 1319× 高さ1279 mm 修復後の全(表装)寸法/ 幅 1513× 高さ 2555mm

*本紙は変形修正と周囲の欠失部の補充によって修理前の寸法より若干大きくなった。
*採寸は装幀、表装された状態で行った。付け廻し(装幀裂地の接合部)下の糊代は含んでいない

 

 

【狩野美信】
狩野洞春 元仙人方信の養子で、駿河台狩野家四代を継ぎ、幕府の奥絵師をつとめ、式部卿方眼に叙せられた。寛政九年(1797)没、行年五十一歳。

【張 果】
唐代の仙人。白驢に跨がり日に数万里を行き、休息する時はその驢を瓢に収め、行く時は瓢から水を出すとたちまち驢に変じたと言う。中国民間伝承による八人の仙人『八仙』のひとり。 

 

 

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