祐松堂商標絵画と美術工芸品 文化資料の保存修復 祐 松 堂

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◎生麩糊をつくる  ─伝統的な表装作業に利用されてきた接着剤の作り方─

1.はじめに
生麩糊は、日本の伝統的な装幀技法である表具(表装、経師)作業に長く利用されて来た接着剤。今では文化財の修復に欠かせぬ接着剤の一つとして、海外の修復家も紙資料の修復に利用している。ここでは、東洋絵画の修復にとって肝心要の接着剤である生麩糊の作り方を紹介しよう。

生麩糊の成分は小麦粉から抽出したデンプンで、簡単にその精製方法を紹介すると、小麦粉に少量の塩と水を加えて良く練り、餅状にしてからしばらく置いた後、水中で揉むようにして洗って行くと、小麦粉の中にグルテンが凝縮、分離して、沈澱してゆく粉が生麩糊の原料となる。ちなみに水中に沈むことから沈生麩(じんしょうふ)または沈糊(じんのり)ともよばれる。精製した粉自体は沈(じん)と呼ぶこともある。余った(食品としてはこっちが主役だが)グルテンは麩まんじゅうの原料になる。麩まんじゅうが主役ならば、本来は捨て去っても良いもの。たかが糊だが、昔の人々は、手に入れられる物を余さず使う知恵に卓越していたことを、改めて思い知らされる。

2.準備する
基本的な糊の作り方は、まず、体積比でおよそ 生麩粉1 : 水3 (簡単に、コップ1杯の糊とコップ3杯分の水)をあわせてしばらく置く(一昼夜程度)、こうすることで粉がしっかりと湿り、熱の加わり方がまんべんなく上手く行く様だ(経験知としてダマが出来難い)。ちなみに、水は浄水フィルターに通しておこう(祐松堂では高度にろ過精製された水(純水)を使っている)。糊を煮るための容器は、サビないし、金属イオンが溶け出さないので、ホーロー引きかステンレス製の鍋を使う。鉄や銅製品は避けよう。できれば厚手の鍋を使うと、火のあたる鍋底が極端に熱くならなくて良い。もちろん利用時にはしっかりと綺麗にしておく。

3.糊をつくる
そして煮る。この生麩デンプンは、過熱しないと水に解けない。熱を加えることによって、常温では溶けなかった粉が膨潤し、デンプン中の成分であるアミロペクチンとアミロースが水中に溶け出し、やがて糊化する。糊化の温度は、澱粉の精製状態によって多少差がある様だが、だいたい55.0℃から糊化がはじまり、65.5℃で終了するといわれている。
ここで、肝心なのは、とにかく過熱をゆっくりと行い、なお過熱中、鍋の中を撹拌し続けること。撹拌するのはしゃもじのようなヘラでも良いし、すりこぎの棒のような物でも良い(私はだんぜん棒が良いと思う)。よく撹拌すことで、鍋底から伝わる熱をまんべんなく糊に伝え、ダマができるのを防ぎ、滑らかな糊ができる。過熱をはじめたら、絶対に鍋から離れてはいけない。この時ばかりは来客も電話も無視すること!

とろ火で煮る!

過熱はとにかくとろ火で行う。経験から言えば、どうしても早くつくりたい時に、3~40℃くらいまでは多少強火(でも中火以下)にして過熱してもほとんど仕上がりには問題はないと思われるが、気長に過熱を行うことが良い糊をつくる近道。急がば回れと覚えておこう。ひつこい様だが、鍋に火にかけたらばとにかくかき回し続ける。かき回し続け、糊化して行く状態を見逃さない様にする。


およそ50℃を超える頃から全体にネットリとし始める。最初の糊化現象で確認するのは泡。常温で鍋の中をかき回していると、表面に泡が経つが、温度が上がるにつれてこのアワが消えて行く。ちょうど消えはじめる頃から、ネットリとしはじめる。この時、鍋が薄い物であったり、かき混ぜることをおろそかにすると、鍋そこから糊化したり、まるで鍋のあちこちからクラゲがでてくるように、部分的に糊化して、下手をすればダマダマの糊になってしまう。ベストな状態の目安は、鍋の中全体がまんべんなく粘度を増しながらネットリとして行くこと。この後さらに過熱を続けると、撹拌するヘラや棒の軌跡が鍋の表面に見られるようになる。そして糊が絡み付きはじめる。

煮はじめ

写真では見にくいが、最初は撹拌していると泡がたつ

糊化のはじまり

次第に泡が消え、撹拌する軌跡(渦)が残る。糊化のはじまり。

 

さらに粘度が増すと、撹拌する棒の軌跡に溝が出来、切れるように間隙があくようになる。ここまで来たらほぼ完成。何となく全体に透明感がでて、棒やへらで救い上げた時に、しっかり『角-ツノ』が立ったら鍋を火から下ろし、さらにかき混ぜて、もう少し水分(蒸気、湯気)を飛ばして出来上がり、この後、私は出来上がった糊の入った鍋を水につけ、粗熱を取るようにする(とくに鍋底を冷やす)。

煮終わり

 ◎混ぜる棒の軌道に溝ができるようになったら作業も終盤!

あら熱取り

 ◎洗面器等に水を張って鍋を入れ粗熱をとる。

 

4.保存する
保存はタッパーウエアのような密閉容器を利用するのが良いと思う。糊を入れる前には容器をきれいに洗い、できれば消毒用アルコール等で拭いておくと日持ちが良い。糊は間に空気の入らぬようにしっかりと押し込み、容器に入れたらラップフィルムを敷き(ここにも空気が入らぬ様)、冷蔵庫に入れて保管する。この状態で、上手く行けば10日から2週間ほどは持つと思う。取り出す時にも清潔な道具で取り出せば、より長く持つだろう。
基本的に、利用するのは1日くらいおいてからの方が良い。糊は煮終わったた直後から劣化が始まるので、日にちが経つほど接着力も低下すると考えよう。

糊の保存

保存容器は密閉製の良い物を使う。さらにラップフィルムで空気の入らないように覆い、蓋をして冷蔵庫で保管する。容器はもちろん、容器に糊を入れる道具(しゃもじやシリコンゴム製のスクレーパーを使うと良い)も消毒用アルコール等で消毒するか、綺麗に洗っておくとより日持ちする。

5.おわりに
過熱するための機具としては、私はガスレンジを使っているが、今ではIHヒーターとか色々な種類があるし、電子レンジでもつくれる(途中レンジから取り出して何回か撹拌する必要がある/つくる量が多かったり、使い方を誤ると内部だけ沸騰してやけどの恐れがあるから注意しよう)。鍋にしても、素材や構造によって、熱の伝導率が異なるので、ここに記したレシピは絶対的な物はない。また、実はこの製作方法も、およそ同じであっても、工房各々に微妙に違う。この糊の製作方法は伝統文化に則したものだから、各々の秘伝と言うのもアル?のかも知れない。地域差というのももあるだろう。実際の作業現場では、この出来上がった糊を元糊と呼び、このまま利用するのは稀で、作品、裏打ち紙などの被接着物にあわせて水で希釈して利用する。とくに、元糊から用途にあった希釈率を表すのは極めて難しい。なぜならば、実は原料の粉の生成方法にも、工場差がある様で出来方も異なるし、接着対象となる被着物の違いによってレシピは微妙に変化する。自分の環境にとって最も具合の良い物をつくるためには、数多くの経験と訓練が必要だ。ぜひ色々と試して欲しい。

 

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